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FRIDAY   スタッフの雑談 GRAPHIC  WEB・紙デザイン系

EDITOR by  しまけん


しまけん版:夏の自由研究

 

今回のテーマは「夏の自由研究」ということなので、「夏」について調べてまとめてみた。

夏(か)は紀元前2000年頃に存在したとされる、中国最古の王朝である。

司馬遼太郎がそのペンネームの由来としたことで著名な中国古代・前漢王朝期の歴史家・司馬遷の「史記」などには「中国最古の王朝」として記載があり、初代・禹から暴君として有名な14代・桀まで約500年続き、殷(商)の湯王に滅ぼされた。



蛇足ながら、この殷(商)という国では貝を通過にした貨幣経済が発達しており、彼らが「物を遠くに運んで売買する」という作業を盛んにしたことが、「商人」「商品」そして今この文を読んでおられる諸兄の大半が従事していると思われる「商売」という言葉の語源となっている。「商の人が良く行っている」から「商人」という訳である。

閑話休題。

さて、自由研究というからには夏について語らねばなるまい。

私が思うに、「夏」という古代王朝とその周辺に関しては現代を生きる我々にとっても示唆に富む面白い点が二つある。

「禅譲」と「易姓革命」である。



世界史で「世界四大文明」と習ったように(今は違うらしいが)、かつて中国にはエジプト文明・メソポタミア文明・インダス文明と並んで黄河文明というものがあり、黄河流域には紀元前7,000年頃から多くの人が生活していた。最古の王朝・夏以前にも、当然人がいれば争いも権力者もいた。しかし王の子がまた王となるという、我々が世界史や日本史で見慣れた世襲の王朝というものは、存在しなかったとされている。

では、夏王朝以前、黄河流域に暮らす古代中国の人々はどうやってリーダーを定めて、その権力を時代に引き継いでいたのか。その答えが(伝説の域を出ないが)、「禅譲」である。

夏王朝の始祖・禹の二台前には帝・堯という人物が黄河流域を治めていた。
彼は自分の息子ではなく、彼に仕える人物の中でもっとも優れた男である帝・舜に王の位を譲った。そして舜は同じく、河川の周辺で勃興した古代文明の宿痾とも言える荒れ狂う黄河の治水事業に成功した、彼の部下の中でもっとも優れた人材・禹に位を譲った。これが「禅譲」である。

わかりやすく云えば、現代における企業が次期社長を選ぶ仕組みと同じである。
しかし、我々が学んだ世界の歴史では多くの支配者が他人ではなく自分の子孫に権力と財産を渡そう、その中でも特にこの子に譲ろうと骨肉の争いを繰り広げたりする。21世紀でさえ、大塚家具や記憶に新しいセブン-イレブンなど、親子での事業承継や会社の私物化にまつわるトラブルは後を絶たない。

それに比べ「禅譲」とは、なんと清々しい仕組みであることか。
四千年も前に私欲を捨てた権力移譲の完成形とも云える制度が隣の国で確立されていた、という事実(伝説ですが)は我々に勇気を与えてくれる。

この禅譲は禹の死後、次の帝位が禹の子である啓へと回ったことで終わりを告げ、以後王権は世襲となった。

これが中国最古の王朝「夏」の思い出である。



では、もう一つの興味深い点、「易姓革命」とは何か。

14代続いた夏王朝も暴君・桀王の頃には闇雲に武力で諸侯や民衆を圧迫したため、支持を失った。

参考までに、中国では「項羽と劉邦」でお馴染みの漢や遣隋使で有名な随、元寇といえばのモンゴル民族による王朝・元など数々の王朝が入れ替わり権力を握るのだが、漏れなく王朝の最後の王(皇帝)は暴君とされている。逆に、暴君ということにしないと、その王を倒して取って代わった次の王朝の正当性が担保されないからである。桀王が本当に暴君だったのか、現代では確認の術が無い。確実なのは、次の王よりも弱かったのであろう。歴史に於いては強さと新しさこそが上書きされる正義である。

男の子はみんな大好き『三国志』は後漢末期、漢という国家がすっかり権威を失った時代に中国が魏・呉・蜀という三国に分かれて争った時代の話だ。参考までに、『三国志』で屈指の人気を誇り中国では神様にまでなった関羽は、最近彼が統治して命を落とした地として知られる荊州で最近体重1,300トン、体長58mの巨大なブロンズ像になった。



超デカイ。(出典: http://karapaia.livedoor.biz/archives/52221471.html )

再び閑話休題。

夏・最後の王である桀王は前述の通り、湯王に倒されて夏王朝は滅び、殷(商)王朝の時代となった。

しかし殷も紂王の頃には人心を失い、太公望で知られる周に滅ぼされた。

こうして万民が「王」と認めていた権力を倒して取って代わるには、大義名分がいる。そのひとつが「易姓革命」で、乱暴に言うと「一度隆盛を極めた苗字は二度と栄えない」という考え方である。

夏王朝は「姒」という姓(苗字)の人々による国家だった。

これを倒した殷(商)は「子」という姓の、周は「姫」という姓の、一族が王権を握る国家である。

ある姓を持つ一族が横暴な行いをしたら、外部から別の姓を持つ一族(つまり、普通に考えると王の位を継ぐ権利が全くない赤の他人)がそれを倒して革命を起こしても良い。なぜなら姓というのは交互に栄えるものであるから、その革命には正統性がある。

乱暴だが、ざっくり言うとこれが「易姓革命」だ。

 



皆さんは「キングダム」という漫画をご存知だろうか。

後に秦の始皇帝となる王「政」とそれを助ける信という少年の物語だ。古代中国の春秋戦国時代を舞台にしている。「キングダム」の時代では完全に力を失ってただの飾りになっているが、当時の王朝は上記の「周」である。

古代中国史に少し詳しい人であれば、我々は周が滅び、戦国時代に覇を競いあった燕・斉・趙・韓・魏・楚・秦という七国(戦国七雄と呼ばれる)の中で秦が天下統一したことを知っている。

織田信長が本能寺の変で明智光秀に倒されると知っているのと同じだ。

しかし未来を予測できない当時の人々は「キングダム」にあるように、秦が圧倒的な強さを見せる戦国時代の最後期までは「どこが勝つかわからない」と思っていたはずだ。

ところが、例外がある。

「天下統一を果たすのは趙・韓・魏ではない」と思っていた人が当時も一定数居たはずだ。なぜなら、これらの国は周王朝と同じ「姫」姓であり、既に栄えた姓であるからだ。

結果、天下統一は「贏(えい)」姓の王朝、秦によって為された。

夏→殷(商)→周→秦と易姓革命が起こったという訳だ。

私は別に始皇帝でも無ければ、王朝を起こす予定も無いが、この故事を読むとなぜか勇気が湧いてくるのを感じる。

厳密には古代の「姓」とは別物だが、私の苗字は「島」であり、これまで日本の歴史に於いて「島」という苗字の総理大臣は存在しない。有名人も多少はいるだろうが、「福山と云えば雅治」のような、この苗字を圧倒的に代表する超著名人という人は居ない。

とそう思っている。

つまり、私個人の才能はさておき、私の苗字は易姓革命の観点からは「これから天下を獲る」、そのポテンシャルを秘めている。そう云えなくも無い。島の天下はまだ来ていない。それだけで私が天下を獲る可能性がある。

ポジティブとかバカではなく、これは革命の話である。

全国の「自分の苗字はとにかく華やかな有名人が居ない」という地味で特徴の無い苗字の皆さまには、ぜひ易姓革命という言葉を知って、勇気を持って奮起していただきたい。

ということで、「禅譲」と「易姓革命」。
この二つを新・二大「夏の自由研究」とさせていただきます。



最後に、無駄な中国古代薀蓄クイズをもうひとつ。

皆さんのお父さん・お母さんにお兄さんがいた場合、皆さんにとっては彼は「おじさん」である。これはご理解いただけるだろう。

さて、漢字で書く場合、この人は「伯父さん」が正解だろうか、それとも「叔父さん」だろうか。

答えは「伯父さん」である。

逆にお父さん・お母さんの弟・妹は「叔父さん」だ。

漢字が使い分けられているにも関わらず、改めて学校では誰も教えてくれないので、書いてみた。

これは古代中国における兄弟の呼び方に由来している。

既に充分長いので省略気味に説明するが、古代中国で四兄弟が居た場合、長男が「伯」、次男が「仲」、三男が「叔」、末っ子の四男が「季」という字(あざな)を持つ。本妻以外が産んだ長男は「孟」である。

字(あざな)の説明は省く。あだ名のようなものだ。

論語で有名な孔子は本名が「孔丘」で字が「仲尼」なので、彼は次男であることがわかる。この長幼の順が親戚を表す言葉にも引き継がれ、仮に皆さんのお父さん・お母さんが次男・次女であると仮定した場合に「お父さんお母さんより年配の兄・姉」は「伯」の字をとって「伯父さん・伯母さん」、逆であれば「叔父さん・叔母さん」となる。

現代では恐らく伯父さん・叔父さんの世代であっても知らない人は知らない漢字の使い分けなので、誤用しても特に気にする人はいないかも知れない。

しかし、数千年前の中国で用いられた漢字とその概念が、21世紀の私たちの生活にもこのように少なからず影響を与えていると思うと、何か雄大な気持ちにならないだろうか。

以上、私の夏の自由研究を終わります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

一言で内容をまとめると、「夏」を「なつ」と読まず「か」と読む。

ただそれだけのシンプルなボケのために、この3,500字、原稿用紙9枚に及ぶ大作を仕上げるROOM810唯一のクリエイティブ・ディレクターたる私のクリエイター魂と暇さに打ち震えていただきたい。

ROOM810、まだまだ働けます。

お仕事待ってます!