プールサイドのバーカウンターに座って、サングラスをずらし、色見本の「青」の様な空に、生ビールのジョッキを透かしてみたナナ。
ジワっと溢れてくる涙のせいで、描きたての水彩画に水をこぼした様に全てがにじんでぼんやりとした輪郭になる。
リリーはホテルのプールにプカリと浮き本日3杯目のピニャカラーダ。小さいのに良く飲む。
「 “NO RAIN NO RAINBOW”“なんてことわざまであるこの土地なのに、まだ一度も虹を見てないな。」
そう思って、ナナはもう一度LINEをチェック。
受信件数を表す数字の所に「1」という数字は中々表れない。
この夏がこんな風にはじまり、あんなにキラキラした夏になるなんて思っていなかった・・・
オフホワイトの扉をあけると、白で統一されたインテリアの明るい部屋が待っていた。
この島独特の香りと一緒に、カラッとした海の匂いが混ざった風が鼻をくすぐった。
部屋のメイキングの人が窓を閉め忘れたのか、窓が少し開いていて、白いカーテンが揺れている。
閉め忘れてくれたおかげで、部屋を開けた瞬間に島の香りを感じる事が出来た。
ハワイ、オハフ島、ワイキキとアラモアナの間に位置するホテル「ザ モダン ホノルル」の、真ん中より少し上の階の部屋が予約できた。
カーテンを開けラナイに出ると、そこにはセレブな空気を感じさせるアラワイヨットハーバーと、その向こうにはターコイズブルーの静かな海が広がっている。
思いたって急に来たわりにはいい部屋とれちゃったな・・・とナナは思った。
今回は、「ワイキキ 穴場ホテル」、「お洒落なプールがある」、「プールサイドにバーがある」などの検索でホテルを探してここにたどり着いた。
ホテル自体あまり大きくなく、プールもちょっと小さめ。でも、ウッドデッキのプールサイドにあるバーが充実していると評判で、デザイナーズホテルというカテゴリーらしく、とてもおしゃれで雰囲気は最高との口コミも多かった。
ビーチまでは歩いて5分。アラモアナショッピングセンターへも徒歩5分。ワイキキには徒歩15分〜20分。こんな立地。
ハワイ、特にオアフ島のホテルに関して口コミを調べようと思ったら、ネットを見ればいくらでも情報は出てくる。その中でどの情報を信じるかは自分の運にもかかっている。
ナナは旅行に行く時は必ずホテルの情報を口コミで散々確認してから決めるようにしていた。数年前の苦い思い出があるせいだ。
じゃんけんで負けて幹事を務めたサークルの合宿。場所は沖縄と決定し、中庭に小さなプールのある真っ白な壁の素敵なペンションをネットで見つけ、張り切って貸切に。いざ到着してみると、幹事という重荷を背負ったナナに最後の一撃を喰らわせる様な光景が広がっていた。
昔は白かったであろう外壁は無残にはげ落ち、ところどころにくすんだ白がかすかに残っているだけ…、昔はキラキラと水面を輝かせていたであろうプールはカラカラに干上がり、プールの底は落ち葉と、誰かが投げ込んだと見られるビーチサンダル片方が散らかる始末。リゾートとは程遠いムードで迎えられた経験があった。
その時から、ナナは通常の情報以外に口コミ情報を出来るだけ、くまなく見るようにしていた。
そんな何かとネット頼りになっていたナナが、ネット社会の中で余計な情報を仕入れる癖がついてしまっていたのが、この旅をすることになるきっかけでもあった。
口コミに書いてあったように、ハワイでは珍しく日本人はほぼおらず、確かにプールサイドには白いベッドチェアや白いイスがずらりと並び、いい雰囲気。南国の植物に囲まれたプールサイドのBARもため息が出るほど最高だった。
このホテルに来て今日で3日目。
食事以外は、ず~っとこのホテルのこのプールサイドのバーで過ごしていた。
今日ホテルに到着したらしいヨーロッパ系のカップルが近くの席に腰かける。
男性はブルームーンの生ビールを。モデルの様な女性は、ピニャカラーダをオーダー。
“はい!いつものうんちくでるな。”
ナナがそう思ったと同時に、バーテンダーのイオラニはトロピカルパンチグラスを棚から出し、ウエルカムムード満載の笑顔で「いつものうんちく」を口にした。
『実は、ピニャカラーダは、1954年にプエルトリコのビエホ・サンフアンのバーが発祥なんですよ。』
ハワイに来ている観光客にはあまりいらない情報を、ピニャカラーダをオーダーする人に必ず説明していた。
ナナは聞こえない小さな声で、全く同じセリフを重ねて言ってやった。
ラム、パイナップルジュース、ココナッツミルクをシェイカーに注ぎシェイク。クラッシュドアイスがつまったグラスに注ぎ、カットパイナップルとマラスキーノチェリーをグラスの淵に飾り、彼女の前にスッと出す。
3日間このバーカウンターにいずっぱりのナナの調査によると、女子のピニャカラーダオーダー率は90%。
ハワイ気分を盛り上げたいんだろうな…と自分のことをだいぶ高い棚にあげて考える。
バーテンダーのイオラニは、絵に描いた様な健康的な浅黒い肌の青年。
ホテルの名前が胸にかかれた紺のTシャツと白いハーフパンツが爽やかさを倍増させている。
「イオラニ」という名前は、カメハメハ2世、カメハメハ4世と同じ名前だそうで、彼らを尊敬してやまないおじいさんにつけられた名前なんだ・・・と、お客さんに名前の意味を聞かれこう答えているのを何度か聞いた。
今日分の大きなため息を50回以上はついたであろう頃、それははじまった。
「メネフネじゃないんだね。」とイオラニ。
イオラニは毎回は言葉を発した後に、白い歯をい惜しみなく魅せてニッと微笑むのがクセだった。仕事のクセなんだろうな…ナナは、勘違いしないよう自分を制してみる。
3日間もカウンターにい続けたのに、オーダーをとる以外でナナに話しかけてきたのは初めてだった。
「メネフネは、人間の体の半分位の大きさって言われているし、顔もウワサの様にイカツクない。随分可愛らしいしね。」
ナナは何を言われているのか分らず、あえて不信感むき出しな表情をみせ、ぶっきらぼうに言う。
「メネフネって??」
「ハワイの島々で言い伝えられている、メネフネと呼ばれる小さな妖精のことだよ。夜になるとどこからともなく現れる。ずんぐりとした体でちょっとイカツイ顔。メネフネは人間に姿を見られることが大嫌いなんだそうだけど、時には良い友だちになることもあったんだって。だから、君はいい友達だと思われたのかなって思ってね。」
意味が分からないままのナナに、イオラニはシンクにたまり始めたカクテルグラスを手際よく洗いながら話を続ける。
「美味しい料理でもてなすと、人々が寝静まった真夜中にたくさんのメネフネが現れ、石を運んで、神殿とか水路を一晩のうちに完成させてくれたんだって。でも働いている姿を人に見られたり、未完成のうちに夜が明けたりした場合は、二度とその仕事場に戻ってくることはないんだってさ。」
「・・・・・・?」
「メネフネは太陽が大嫌いで、昼間は決して姿を見せないって言われてるし・・・だから、君のピニヤカラーダのグラスに座ってるのは、ネメフネではないね。」
ナナはイオラニの目線の先、自分のオーダーしたピニャカラーダに視線を落とす。
ナナの体中の血液という血液全てが一気に頭と目にかけ登り、自分の目に映っているものが現実なのか何なのか、自分はおかしくなったのか、それとも実は今泥酔していて幻覚を見ているのか・・・色んな角度から、今自分の目に映り込んでいる、iphone位の大きさの女の子の存在を否定してみた。
いくら目をこすっても、いくら頭を振ってみても、残念ながら・・・確かに・・・
iphone位の大きさの女の子は自分がまだ一口も飲んでいないピニャカラーダを、グビグビ飲んでいる。
カクテルグラスに飾られたパイナップルに寄りかかり、曲がるストローにうまい具合に角度をつけて、ナナのオーダーしたピニャカラーダを、音を立ててグビグビと。
彼女はピタッと飲むのをやめ、ナナと目を合わせた。
「ごめん、結構飲んじゃった。」
「え・・・・・・いや・・・・・・・・あの・・・・・・」
「あ~、ごめん、パイナップル?寄りかかっちゃった。このパイナップル、人間ってみんな食べないじゃん。」
「いや・・・そうじゃなくて・・・・・・あなたは・・・その・・・」
「ああ、、リリーだよ。名前はリリー。本名はリリンヌマリンヌアポカトラスポロンヌ。長いでしょ。だからリリー。リリー・イリマ。」
「はじめまして、リリー。僕はイオラニ。」
白い歯をい惜しみなく魅せニッと微笑む。リリーは同時に同じ微笑み方をした。
「ロコだね。いい男。で、アンタが失恋傷心大会出場中のナナ。いつも一杯目は生ビールで、2杯目からピニャカラーダのナナ。まあ、私がだいぶ拝借してたけど。」
「・・・・・・・・・・」
3人の奇妙な関係は、このプールサイドのバーで始まった。
リリーはピニャカラーダのグラスの淵に座るのが大好きだ。
そこから手を伸ばしてストローの曲がってる部分を引っ張って自分の方に向けた。
とんでもない勢いで吸い上げる。
あんな小さい体のどこにピニャカラーダが入っているのか不思議で仕方ない。
でも「不思議」ということばを使ってしまったらリリーの存在自体がそれそのものだったので、そんな不思議は今のナナには大したことのない「不思議」だった。
リリーはみんなが思い浮かべている様なカワイイ羽のついた小さなお姫様の様な妖精ではない。
黒い大きめのサングラスに、デニムの切りっぱなしのショートパンツに上はペラペラで穴だらけのタンクトップ。
タンクップの下はいっちょまえに蛍光グリーンのビキニを着ていて、首の後ろで結んでいる蛍光グリーンのヒモを長く垂らして結んでいる。
風に吹かれると、そのヒモがヒラヒラとなびく。
ヘアスタイルはというと、金髪で頭の上に大きなお団子を作ってまとめている。
メイクは一瞬で終わる。人間のメイクは虹を作る時間位かかる、私なんて一瞬だと良く自慢してくる。
できるだけ真っ赤なハイビスカスの花びらに唇をこすりつけ、ピンクのハイビスカスの花びらにササッと頬を触れる程度。これでおしまい。
そんなリリー、飛ぶことはできた。でも、さっき言ったように羽はないのだから、自力で飛ぶわけではなかった。
飛ぶ時はどこかで拾ったに違いない小さな小さな扇風機の様な何かのプロペラを背中にしょって飛ぶ。
プロペラは充電式だそうで、人間の目を盗んで、リリーが住む人間の家にあるパソコンのUSBに充電器をさして電気を泥棒しているんだと得意げに話す。
そしてリリー最大の特徴は、くりっとした大きな瞳。
瞳に映るものによってすぐさま色が変わる。
たとえば真っ赤なハイビスカスを見つけると、瞳は真っ赤に、色見本の様な青い空を見ればスカイブルー色になり、ターコイズブルーの海をみれば、その色になるのだ。
・・・・・・To Be Continued・・・・・・(続きは8月3日にUP予定です★)